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やっぱりわたしは、あなたにとっての光でありたい。



 自宅から3駅隣の写真屋さんへ何度も何度も通った。




 あがってきたプリントの出来がどんぴしゃで来たとき、
 想像と覚悟を超えた色を出していただけたときはどうしようもないくらい嬉しくって
 笑いたいし泣きたいし叫びたいし歌いたいくらい嬉しくって
 こみあげてくるものを噛みしめて消化して落ち着かせなきゃ!と、
 電車には乗らず3駅分、1時間弱歩いて帰ったりもした。3回ほど。


 

 会いたいひとたちを思い浮かべながら作品をつくっていった。
 会いたいひとをまぶたの裏に描きながら自分のこれまでとこれからに思いを馳せた。







 14日木曜日の搬入日の朝は雨風が強くてちょっぴり泣いた。
 初めての糸張り、くぎ打ち。
 自分の意志と決意と願いと切実な希望を壁に打ち付けて、
 紛れもない自分の断片たちを壁に並べた。
 
 設営が終わったら外は晴れていた。
 軽く陽が西に傾いていて、ぬるい風が頬に心地良かった。
 



 自分の欠片ではなくてやっぱり自分の断片たちだから、
 あの空間はわたしの色、わたしの温度とにおいが漂っていたと思う。

 お店の定休日である木曜以外は毎日在廊した。
 最初の数日間は、「こう感じ取ってほしい!こうみてほしい!」というのを
 みるひとたちに押しつけてしまった。

 作品の説明をしているうちに、わたしの撮りたい(と思っていた)写真と
 わたしの撮れる写真は違うということに気が付く。それが酷く悲しくて虚しかった。
 恥ずかしかった。そして自分の作品を放棄するようになった。

 たくさんのひとにみていただけて、お話出来て、すごくすごく嬉しかったけれど、
 いただいた言葉たちをうまく消化できなくて、頭も心もパンクしそうになっていた。

 18日の月曜日が一番落ち込んでいた。もう展示を閉めたいと思った。
 みに来てくださった方々に対して、時間とお金と労力の浪費をさせてしまっている。
 そうとしか思えなくて申し訳なくて情けなかった。
 わたしは自分のために写真を撮って、自分のために個展を開いた。
 自分勝手すぎて毎晩吐き気がした。
 毎晩浴室で思い切り泣いてからぐったりとベッドに倒れていた。

 19日の火曜日の夜、話して話して話して話して泣いて泣いて泣いた。
 わたしは自分のために写真を撮って、自分のために個展を開いた。
 見たまんまをそのまんま、真っ直ぐに切り撮った。わたしは平凡だ。
 それは決して恥じることではないと思えるようになった。諦めではなく肯定だ。
 今までばらばらだった物事にしゅるりと糸が通って全部綺麗に繋がった。
 
 突き抜けて、素直になりたい。
 凛としなやかに、強かに。
 やっぱりわたしは、あなたにとっての光でありたい。

 


 強く、強く願えば空気の色を変えることが出来るらしい。
 切なる祈りはそこに漂うのではなく、空気を切り裂いて星まで届くんだと思った。
 願いと祈りで溢れているこの世界はどこまでも美しいと思った。 







 搬出ぎりぎりまでみに来てくださった方がいた。
 搬出を見守ってくれるひとがいた。

 一枚ずつ壁から外して、ビニールに入れ、紙袋に仕舞った。




 自分の色、温度、においが薄れていく。




 お気に入りの4枚を最後の最後まで残した。










 白くなった壁は、失恋そのものだった。
 きゅうっと自分の奥が苦しくなった。

 でも、自分の手元に返って来た自分の断片たちを、
 両手に持っていて湧いてきた感覚は安心と安堵と感謝だった。
 お疲れ様、お帰りなさい、良く頑張ったね、ありがとね。
 
 作品の独り歩きを許容すること。
 頭ではわかっているけれどとても難しくてとても疲れることだった。
 だってわたしの断片なんだもの。わたし自身なんだもの。





 の粒を届けたい。 
 
 わたしはあなたにとっての、でありたい。







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 良い写真って何なのか知らないけれど、
 私は良い写真を撮って良い展示を開けたと思っています。
 
 そして内側を外側に出す為に撮るのではなくて、
 外界を自分の心の中に取り込むように写真を撮り続けたいです。

 そもそも写真って何なのかよくわかりません。
 何故写真を撮っているのかもよくわかっていません。
 でも、これからも撮り続けていくということを誓いました。
 
 きっとこれから先、沢山の「誓い」をたてるけれど、
 死ぬまで自分を律し続けるのはこの誓い1つだけだと思います。

 素直に真っ直ぐ、たんたん、と。
 強くて揺るぎない写真を撮ってゆこうと決めたのです。
 
 

 
 唐澤菜央子 写真展 「光でありたい」 
 
 気にかけてくださった方々、
 みに来てくださった方々、
 見届けてくださった方々、
 
 本当に本当に、ありがとうございました。





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呼吸を意識する















呼吸を意識したのは実は初めてだったかも知れない。

ストレッチや運動をしたり、歌ったり写真を撮っている(ブレないように息を止めてシャッターを切っている)ときは勿論息づかいに気をつけているのだけれど、今日はそれとは違った。呼吸を意識した。

この頃朝番のシフトがほとんどだから、06:30とか、東の空に朝陽が昇っている時間に家を出ることが多い。私の家は最寄り駅の西側にあるから、駅に向かっている時は朝陽に向かって、太陽を真正面に歩いている。
朝は、日中散歩している時は色形にしか目が行かなかった桜や木蓮の、質感をよくよく観るようになった。葉っぱや花びらに光が透けている、当たり前の光景に毎朝どきどきしている。
花びらって、実はとても薄くて繊細だ。もっと厚くて丈夫だったら、きっともう少し長く枝についていられて、人は咲き誇る花をもうちょっとの間楽しめるのになあと思った。でも薄くて繊細だから、その一瞬の美しさに心動かされ、その儚い命に心奪われるんだろうなあとも思った。薄くて繊細だから、風と踊るようにはらはらと散っていけるんだよなあ。薄くて繊細だから、アスファルトに落ちて人に踏まれ、靴底ですりつぶされた花びらが雪のように見えて季節の流れや繋がりを感じられるんだよなあ。なんて考えたりする。

15時頃外を歩く機会もこの頃多くて、頭の先からつま先全身で春を感じている。朝は光が射していた。この時間帯は、光が浮かんでいる、広がっている、溢れている。身体と意識の全てを駆使しないと受け止めきれないほどの春。
この時間は空気をよくよく観るようになった。airというかatmosphereかな。見えないけれど感じることは出来る、光と一緒に目の前を漂っている透明な空気を観ている。温度やにおい、に近いものだと思う。
空気がもし粒子だったら、とぼんやり考えることが多い。3月21日、15:30頃の渋谷の空気は勿忘草色の粒だった。

夕暮れ時帰宅すると、今度は東から西へ向かって歩く。西陽にを真正面に、夕焼け空に飛びこむように歩いている。空が焼けていく様子を止まって眺めることもすきだけれど、最近は自分も空と一緒に動いていたくて歩きながら空を観ている。静かに火がついて、ぼうっと温度が上がり、じゅっと燃えて、すぐにしんと鎮まる。空が藍色になると身体か心のどこかが空っぽになった気がしてため息が出る。

人の心の動きは自然の流れに似ている。世界(World)は自分が創っていて、自分は世界を生きているんだと勘違いしていたけど、きっと世界(universe)に生かせてもらってるのかなあといつも頭の片隅で思う。物理学で宇宙は、存在しうる限りすべての物質とエネルギーを含む空間、と定義されるらしい。ああ私も宇宙の一部なんだなあって思う。一人ぼっちじゃなくて、ちゃんと繋がっているんだなあって安心する。

朝、昼、夜、感覚感情感性、身体頭心で、沢山感じて色々考える。春ってそういう空気なのかもしれない。理由はわからないのだけれど、ぐるぐる考えたり真っ直ぐ感じている時はやっぱり呼吸を意識している。深呼吸ではなく、普段通りの浅くも深くもない、短くも長くもない、ごく普通の呼吸。息を吸うとお腹が膨らむ。空気(air)以外のたくさんのものを吸い込んでいるんだと思う。それをきちんと吸収出来ていますように。身体と心に染み渡りますように。呼吸の方法ではなく、呼吸の意味を意識している。そして自分自身も宇宙なのかもなあなんて考える。


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在廊予定:3/18(月)〜24(日)


(ラオス、ルアンパバーンにて)


使い捨てだなんて言っていてごめんなさい。
本当はきっと、捨てたことは一度としてありませんでした。
ずっとずっとわたしの中にあり続ける、沢山の粒。
たとえ小さくても、わたしの中から消えてしまうことはないから。
その小さな小さな沢山の粒が、今のわたしをつくっているから。
光の粒。
あなたがわたしにとってそうであったように、
わたしもあなたにとっての、光でありたい。

(you have always been my 光、って言われて泣かないはずがないでしょうに。)


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今週の在廊予定です:

18(月) 16:00〜
19(火) 18:00〜
20(水) 13:00〜
21(木) フォトカノンさん定休日
22(金) 17:00〜
23(土) 13:00〜
24(日) 13:00〜


ぜひ、ぜひ、みにに来てください。




Nikon F3 comments(0) trackbacks(0)
この頃よく考えること


(カンボジアにて)


この頃よく考えること:その1

オトナになるということは、
「容量が増える」ということなんだと思っていました。
でもきっと、容量は最初から決まっているんじゃないかな、
って考えるようになりました。

オトナになるということは。
限りある容量の中で、如何に「純度を高める」ことができるか、
なんだと思う。



この頃よく考えること:その2

薄れていくこと、褪せていくこと、
思い出す、思い返す回数が少なくなること。 

は、決して

消えてしまうこと、無くなってしまうこと、
忘れてしまうこと。

なのではないということ


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わたしの撮る写真には、ちゃんと芯、軸がある。
と、安心した今日。

素直にシャッターを切っている、と感じていただけて、
なんと嬉しかったことか。

19で展示した写真と、21で展示している写真を並べて眺めて、
これから先の自分の人生がとっても楽しみになった。
ずっと一生写真を撮り続けよう。


明日も12時前からフォトカノンさんにいる予定です!




Nikon F3 comments(0) trackbacks(0)
在廊予定:3/15(金)〜 17(日)

本日、搬入・設営をしてきました。
何もかもが「初めて」だらけの、初めての個展!
フォトカノンのスタッフ近さんに目線の高さ、糸の張り方、釘の打ち方、
ひっつき虫の使い方、などなど、何から何まで全部教えていただき(笑)
1時間ちょいで終わるだろ!と甘く考えていた設営作業は、
予定の倍以上、実に2時間半ほどかかりましたが無事完了しました。

最初はへたくそすぎて苦笑しか湧いてこなかった釘打ちも、
慣れ始めたら無心に夢中になっていました。
なんだかスピリチュアルな儀式をしているかのような感覚になりました。(笑)
展示開始を目前にして、個展をするに至った経緯を思い出したり、
将来への希望や決意を改めて噛みしめたりしながら、
トントントン、カンカンカン、と
釘にありったけの熱意を注いているような感じがして、なんだか気持ちが凛としました。


さて、展示「光でありたい」、明日から始まります。
直近の在廊予定は以下の通りです:


3/15(金) 17:00〜
3/16(土) 12:00〜
3/17(日) 12:00〜

(twitter: @naokolalala でも在廊情報などちょくちょくつぶやきます!)

この日に行くよ!この時間あたりに行くかも!
などの予定がございましたらぜひ教えてください^^


2012年6月に学生を卒業して、2013年4月1日から社会人になります。
時間に区切りを、気持ちに整理をつける。
希望と決意を、わたしのすべてを詰め込んだ展示です。

是非、是非、みに来てください。




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色で例えると 風

わたしにとってこの展示は

「硝子色」

アンティークの硝子瓶
無色透明ではなくて、うっすらと緑がかっている
光と影が踊る硝子色

思い出す、でも懐かしむのではない
思い返す、でもノスタルジーに浸るのではない


硝子色のかすかな風を感じてもらえたら、と思う
動かない風 足元で渦巻く風 毛先とピアスを揺らす、無邪気な風
ぬるい風 涙を突き刺す風 頬をなでる、しっとりとした風
 

今、たった一度の交差点かもしれないけれど、
一瞬、同じリズムで呼吸をしたい

あなたにとって、何色のどのような風だったかな、教えてほしいな






唐澤菜央子 写真展 「光でありたい」
2013年3月15日(金)〜 3月27日(水)木曜定休
平日 09:00〜20:00 土日祝 10:00〜20:00 最終日 19:00まで

フォトカノン戸越銀座店
142-0041 東京都品川区戸越 2-1-3

都営浅草線 戸越駅(出口A2)徒歩4分
東急池上線 戸越銀座駅(出口1)徒歩7分



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プリントを受け取って、思ったこと。

(今日、展示に使う写真を2Lサイズでプリントしたものを受け取って来ました。)



言いたい、ことがあるんだと思っていた。
言葉にうまく直せなくて、いつもだらだらと話してしまう。

色を、温度を、湿度を、感情を、
ぴったりと共有できたら、
見つめ合いながら、同じ景色を見つめられたら、と、
幾度となく願った。



伝えたい、ことがあった。
伝えたいこと、がある。

ぴったりと重なることはできなくても、
そっと寄り添うことならできるはずで
手を繋ぐことはできなくても、
握ることならできそうだ。
一緒に歩くことができなかった道は、
時間を超えて辿ったり、場所を超えてなぞったりすればいい。

余白があるほうがいいこともある。
きっとそれが、いま、だ。



ちゃんと詰まっている、プリントに、私が。
紛れもなく、自分の断片だ。
でも、見る人によってそれぞれの解釈もできる余白がある。



ドキュメンタリーになってしまったら、と懸念していたけれど、
西村さんが、詩的ですね、と言ってくださったので、とても嬉しかった。



西村さんの"手焼き"プリントも是非見に来てほしい。
西村さんに焼いていただけて本当に本当に嬉しい。
(東伏見の西村カメラさんに大変大変お世話になっております…!)



ああ、もう、本当に、本当に、たくさんの人に見に来てほしい!







唐澤菜央子 写真展 「光でありたい」
2013年3月15日(金)〜3月27日(水) 木曜定休
平日 09:00〜20:00 土日祝 10:00〜20:00 最終日 19:00まで

フォトカノン戸越銀座店
142-0041 東京都品川区戸越 2-1-3

都営浅草線 戸越駅 (出口A2)徒歩4分
東急池上線 戸越銀座駅(出口1)徒歩7分



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唐澤菜央子 写真展 「光でありたい」

景色に心が動いた理由がある。
切り撮った理由がある。
色と明るさに根拠がある。
伝えたいことがある。
共有したいひとがいる。

妥協しないで向き合ってる、写真を通して、自分自身と。



この両手両腕がこれ以上大きくなる事はないけれど、
大事なものを見失わないように、ぎゅっと強く握りしめよう。
大切なものを壊さないように、そっとやわらかく抱きしめよう。

容量は決まっているから、すべて、を求めたりなんてしないよ。
真ん中じゃなくて、隅っこでいい。
いつも、じゃなくていい。
たまに、ふとした瞬間でいい。
思い出してくれたら、それで充分だ。
そのときのわたしが、とびきりの笑顔でありますように。

誰かにとってのひかりになりたい。

あなたにとっての光でありたい。

こう生きてゆくんだ、と胸を張って、深呼吸。
どこに行くかは決まっていないけれど、
きっと、絶対、とてもあたたかくて明るいところへ。



2012年6月に大学を卒業したときは卒業論文で時間に区切りをつけました。
2013年4月に社会人になる手前でも何かをしたいと思い、この個展を開くことにしました。
これまでの自分、これからの私。軌跡、道標。
願いと決意を詰め込んだ、展示になればと思っています。

本当に本当に、観に来てほしい。
私のことをよく知っている人も、そんなに知らない人も、全く知らない人にも。

お時間ございましたら、是非いらしてください。






唐澤菜央子 写真展 「光でありたい」
2013年3月15日(金)〜3月27日(水) 木曜定休
平日 09:00〜20:00 土日祝 10:00〜20:00 最終日 19:00まで

フォトカノン戸越銀座店
142-0041 東京都品川区戸越 2-1-3

都営浅草線 戸越駅 (出口A2)徒歩4分
東急池上線 戸越銀座駅(出口1)徒歩7分



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やわらかい光



感情は使った分だけ研ぎ澄まされていくものだと思う。
使い込んでも擦り減ったりしない。

いっぱい泣いたからって安い涙になるわけじゃない。
たくさん笑ったからって笑顔の価値が薄れていくわけじゃない。

感情を露わにした分縮まる距離がある。
感情を共有することで開ける扉もある。
思いっきり泣いて豪快に笑った分だけ人生は豊かになる。


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個展をします。
社会人になる前に、一区切り。
願いと決意を込めた展示になる予定です。
たくさんの人に見てほしいな。

(2/28:やわらかい光)
Rolleicord IV comments(0) trackbacks(0)
わたしの、「あのね、」



ねえ、
わたしもいつか、誰かにとっての光になりたい。

あのね、
わたしも、あなたにとっての光でありたい。


Nikon F3 comments(0) trackbacks(0)
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