スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
バランス

Untitled


私はあしあとは辿れないし、辿る為のものではないと捉えている。
写真は現在を切り撮る。しかし、撮った瞬間それは過去になる。
シャッターを切る瞬間の自分と、撮り終えてカメラをさげた自分は違う人である。
プリントを手に取った時、その写真に対して抱く感覚は
シャッターを切った当時の感情と一致する事はない。
プリントを眺める事は、過去を振り返る事であっても、過去に戻る事ではないから。
写真を撮る事でつけたあしあとに、現在の自分の靴底を重ね合わせることは出来ない。
私達は分速60秒の速さで駆けている。あしあとは辿れない。

全部移ろいで、霞んで、色形を歪ませ、褪せて行く。
記憶や記録を残す為の手段として写真はあまりにも脆すぎる。
じゃあ、写真は私にとってどのような意味を持つのだろう。
プリントには、どの時間軸の感覚をのせればいいのだろう。

混沌とした渦を東さんにぶつけ、プリントをお願いした。
色々と悩んで頭の中がごっちゃになったって、
東さんの焼く写真には答えが全部出ている。

辿る事が出来なくても、あしあとはつける事に、
全てが褪せて行こうとも、写真は撮る事に意味があるのだと思う。
撮るという行為はネガティブで前向きだ。

写真は時間の欠片でも、景色の再現でもなく、世界の断片なのである。


- - - - - - - - - - -


logic よりも philosophy で、
足跡 というよりも 軌跡 なのだろう。
瞬間 ではなく 流れ であって、
そして一番大切なのは人なんだと思う。

そこにいたこと、その道を歩いた事実ではなくて、
何を感じ、何を考え、どのように生きていたのかを、残したいのかもしれない。


- - - - - - - - - - -


決断は、決めて断つこと。
片手ずつで二人と握手するんじゃなくて、
自分の両手で一人の手をしっかりと掴むために、
どちらかに断りを入れること。

決断は痛くて悲しいものだと思っていたのだけれど、
本当はあたたかくて前向きなものであることを知った。
別れではなく、出会いの為の決断であること。

私が両手で掴んだもの。





Rolleicord IV comments(0) trackbacks(0)
スポンサーサイト
- - -
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://singlalala.jugem.jp/trackback/218
<< NEW | TOP | OLD>>