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呼吸を意識する















呼吸を意識したのは実は初めてだったかも知れない。

ストレッチや運動をしたり、歌ったり写真を撮っている(ブレないように息を止めてシャッターを切っている)ときは勿論息づかいに気をつけているのだけれど、今日はそれとは違った。呼吸を意識した。

この頃朝番のシフトがほとんどだから、06:30とか、東の空に朝陽が昇っている時間に家を出ることが多い。私の家は最寄り駅の西側にあるから、駅に向かっている時は朝陽に向かって、太陽を真正面に歩いている。
朝は、日中散歩している時は色形にしか目が行かなかった桜や木蓮の、質感をよくよく観るようになった。葉っぱや花びらに光が透けている、当たり前の光景に毎朝どきどきしている。
花びらって、実はとても薄くて繊細だ。もっと厚くて丈夫だったら、きっともう少し長く枝についていられて、人は咲き誇る花をもうちょっとの間楽しめるのになあと思った。でも薄くて繊細だから、その一瞬の美しさに心動かされ、その儚い命に心奪われるんだろうなあとも思った。薄くて繊細だから、風と踊るようにはらはらと散っていけるんだよなあ。薄くて繊細だから、アスファルトに落ちて人に踏まれ、靴底ですりつぶされた花びらが雪のように見えて季節の流れや繋がりを感じられるんだよなあ。なんて考えたりする。

15時頃外を歩く機会もこの頃多くて、頭の先からつま先全身で春を感じている。朝は光が射していた。この時間帯は、光が浮かんでいる、広がっている、溢れている。身体と意識の全てを駆使しないと受け止めきれないほどの春。
この時間は空気をよくよく観るようになった。airというかatmosphereかな。見えないけれど感じることは出来る、光と一緒に目の前を漂っている透明な空気を観ている。温度やにおい、に近いものだと思う。
空気がもし粒子だったら、とぼんやり考えることが多い。3月21日、15:30頃の渋谷の空気は勿忘草色の粒だった。

夕暮れ時帰宅すると、今度は東から西へ向かって歩く。西陽にを真正面に、夕焼け空に飛びこむように歩いている。空が焼けていく様子を止まって眺めることもすきだけれど、最近は自分も空と一緒に動いていたくて歩きながら空を観ている。静かに火がついて、ぼうっと温度が上がり、じゅっと燃えて、すぐにしんと鎮まる。空が藍色になると身体か心のどこかが空っぽになった気がしてため息が出る。

人の心の動きは自然の流れに似ている。世界(World)は自分が創っていて、自分は世界を生きているんだと勘違いしていたけど、きっと世界(universe)に生かせてもらってるのかなあといつも頭の片隅で思う。物理学で宇宙は、存在しうる限りすべての物質とエネルギーを含む空間、と定義されるらしい。ああ私も宇宙の一部なんだなあって思う。一人ぼっちじゃなくて、ちゃんと繋がっているんだなあって安心する。

朝、昼、夜、感覚感情感性、身体頭心で、沢山感じて色々考える。春ってそういう空気なのかもしれない。理由はわからないのだけれど、ぐるぐる考えたり真っ直ぐ感じている時はやっぱり呼吸を意識している。深呼吸ではなく、普段通りの浅くも深くもない、短くも長くもない、ごく普通の呼吸。息を吸うとお腹が膨らむ。空気(air)以外のたくさんのものを吸い込んでいるんだと思う。それをきちんと吸収出来ていますように。身体と心に染み渡りますように。呼吸の方法ではなく、呼吸の意味を意識している。そして自分自身も宇宙なのかもなあなんて考える。


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